仮想と現実の真ん中あたり

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(ネタバレあり)ポスト・ノワールとして読む「機龍警察」

機龍警察 自爆条項〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

機龍警察 自爆条項〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

『あんたと私は黒い糸で結ばれている』
アニメ「ノワール」のヒロイン、ミレーユと霧香。黒い糸で結ばれた二人。これは、そのポスト・ストーリーにちがいない。


…と、そんな感想が湧いたのがコレ、「ノワール」の脚本を手がけられた月村了衛氏の初の小説シリーズ、「機龍警察」。
一言で言うなら、近未来のSF的な設定とサスペンス、そして警察小説の面も合わせ持った本格的なアクションストーリーです。
様々な複雑な要素から成る本作ですが、物語を織りなす縦糸がテロと警察組織の戦いとするならば、横糸は個性的な各キャラクターが描く人間模様です。
そして、「ノワール」ファンである管理人にとっては、その横糸の中でも特に二人のヒロイン、ライザ・ラードナー警部と鈴石緑主任の関係に、ミレーユと霧香の二人の匂いを感じ取ってしまうわけです。


そんなわけで、以下、独断と偏見による、“ポスト・ノワール”としての「機龍警察」の読み解きです。
(以下、「機龍警察」と「ノワール」のネタバレを含むため、畳んでおきます。未読の方は自己責任でお願いします)




『憎悪』。それが、第一作「機龍警察」の冒頭のシーンで描かれた、ライザに対する緑の心情。
そして、ライザを仲間と認めたくない、というセリフへと続く。
実は、ライザは元テロリストであり、緑の両親はライザが所属していた組織のテロによって殺されていた。


ノワール」では終盤間際になって、ミレーユの両親を殺したのが霧香だった、という秘密が明かされた。しかし、本シリーズでは、冒頭から既にその『同僚は家族を殺した犯人(の仲間)』という設定が提示され、物語に強い緊張感を与えている。


そして、第二作目に入って語られるライザの過去。
少女時代のライザが望んでいたのは、「裏切り者の家系」という抑圧からの脱却と、妹ミリーの幸福だった。
そんなライザは、とある事件をきっかけとして、テロリストへの道を歩み始める。
しかし、ある日突然、ライザは組織から逃亡する。
その日以来、ライザは自分が犯した罪を償うためだけに生きている。そればかりでなく、自らの破滅をさえ願っている。


その姿に、「償えないよ」とつぶやく霧香の姿がだぶりはしないだろうか?


ラストシーン前のエピソードで、ライザはキーボードを打つ緑の手に、ピアノを引く妹の手をダブらせる。
いつしか、ライザは緑に妹ミリーの面影を重ねるようになっていたのだ。
かつての妹ミリー、そして緑(ミドリ)、奇妙な暗合。からみ合う二人の因果。


そして、ラストシーン直前になって、緑はライザの過去について知らされる。その過去の重さに、衝撃を受ける緑。


「すべてが暴力で連鎖する。自分もラードナー警部も、その鎖でがんじがらめになっているのだ−」


そう、過去の悲劇に捕らわれていたのは、ライザもまた同じだったのだ。
ここに、「ノワール」における『黒い糸結ばれたヒロイン二人』のモチーフが、さらに強固な『鎖に捕らわれたヒロイン二人』という姿になって立ち現れる。


そして、ついに迎えるクライマックス。
緑は、テロリストの罠に陥ったライザの窮地に直面して、初めて本心を吐露する。
物語冒頭でライザを憎悪していた緑。その緑がライザに対して投げかけた言葉とは…。
そして、その言葉に、ライザの取った行動は…。


まるでライザの心の扉に緑が鍵を差し込み、カチッと一回転したかのような、奇跡のワンシーン。
そこで描かれるのは、単なる罪の赦しを越えた、憎悪と友情の二律背反という深い構図。


ポスト・ノワールとしても読める「機龍警察」、ライザと緑の二人の関係から今後も目が離せません。
特に、「ノワール」のあの二人の関係が好きだったファンの方には、要注目の作品です。
※「ノワール」より、救いの無さ感は多めです。