仮想と現実の真ん中あたり

主に舞台探訪とか聖地巡礼と呼ばれる記録をつづるブログ

「あの花」の舞台・秩父で見えたフレーミングのセンス

望遠レンズによる『圧縮効果』(秩父市街にて)


あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(以下、「あの花」)は、映像の演出や音楽など、セリフ以外にも訴えかけて来るものが多い作品です。
そんな多彩な魅力の一端として、ここでは、「あの花」の舞台・秩父の現地取材で分かった、“フレーミング”のセンスについて紹介します。


以下、続きで。

舞台探訪者の心得
 ・舞台を荒らさないこと。 ・住民に迷惑をかけないこと。 ・舞台での行動は慎重に。



■第1話 エンディング/オープニング
まずは、このカットから。


第1話 エンディング焦点距離:150mm(35mm判換算)


現地でこのカットを見た時、「あれ?」と思ったわけなんですよ。
画面左の壁の幅が縮んで、奥の建物が近くに引き寄せられて写っている。いわゆる、望遠レンズの『圧縮効果』が見える絵になってる。
実はこのカット、あなるの立ってる位置の5mぐらい後ろから、150mmぐらいの中望遠で撮影するとこんな感じに写るんですね。(以下、簡略化のため焦点距離は35mm判換算。数値はトリミング有りのため目安程度。数字の意味が分からなければ、「ふ〜ん、そんなもん」程度に見て下さい)
仮に、これを普通の画角で撮ると、↓こんな感じ。


第1話 エンディング焦点距離:39mm(35mm判換算)


今度は、より広い範囲の背景が写り込んで来て、絵の重点が背景側に移って来ます。


これは、カメラや実写の世界では常識となっている、画角(焦点距離)による構図(フレーミング)の違いです。
一般的には、
 ・広角(焦点距離が短い=○○mmが小さい)…周囲の様子を説明する目的で使われる。
 ・望遠(焦点距離が長い=○○mmが大きい)…主体をクローズアップする目的で使われる。
と使い分けられます。


つまり↑の絵では、中望遠を使う事により、背景を整理してあなるをクローズアップしているわけです。(写真だとピントを奥に取ってしまったので、奥がボケずにちょっとうるさいですが)

一方で、広角の構図が使われてないかというと、そんな事はなくて、


第1話 オープニング焦点距離:12mm(35mm判換算)


↑このオープニングのカットは、一眼レフのレンズの中でも最も広角な12mmクラスの超広角レンズが使われています。
広角レンズを使うことで、狭いお寺の境内の様子を1枚の絵で説明しているわけですね。


この2枚のカットから、「あの花」は、映像の基本をおさえた、演出に合わせた画角の使い分けがされている事が分かります。
しかし、実写のロケと違ってアニメでは、撮影時にそこにキャラは立ってません。そのため、「撮影している時に、そこにキャラを立たせた時の演出を想定しながら構図を選ぶ」という事をしないと、こんな現地と演出が一致した映像は出来ません。
その失敗例としては、数年前に放送されたとあるアニメが、せっかく現地取材された精緻な背景を使ったにもかかわらず、「背景が説明的すぎる」「動きがなくて気持ち悪い」と不評でした。演出を考えずに、同じ画角(特に広角)ばかり使うと、そうなってしまうわけです。


そういう目で「あの花」の舞台・秩父を歩いてみると、「現地取材時に演出を考えながら、構図・画角を変えて撮影する」という高度なワザを、まるで実写のロケを見ているように、自然に繰り出している様子が見えて来て驚かされます。
以下、その代表的な場面を抜き出して、現地の写真と比較してみましょう。


■第7話 定林寺前の坂
じんたん「じゃぁな」焦点距離:53mm(35mm判換算)


じんたんとゆきあつるこがめんまの事を話すシーンですね。
3人の位置関係を奥行きのある構図で収めていますが…、


つるこ「ねぇ、なんで言わなかったの?」焦点距離:57mm(35mm判換算)


つるこのアップでは、カメラを石垣の方に振っています。
画角は同じでも、単調な背景を選ぶ事によって、つるこの表情にクローズアップしているわけですね。しかも、実際につるこの背後方向にある石垣にカメラを振るという徹底ぶり。ロケハンの凄さが分かります。


■第4話 秩父神社
そして、構図の多彩さでは屈指のこのシーン。


あなる「あれ、宿海だよね?」焦点距離:50mm(35mm判換算)


冒頭は、つるこのパンアップからバストショット。
↑は2枚のカットを縦につなぎ合わせてます。作中だと70mmぐらいの画角で下からパンしてるイメージ?(作中だと後ろのお店が大きいから、もっと望遠寄りかも?)


つるこ「はぁ…」焦点距離:40mm(35mm判換算)


そして、「あの花」の映像センスが光る、ミドルショット。引きすぎるでもなく寄りすぎるでもなく、つるこ・あなるの位置関係と表情(腕の組み方)を両方同時に表現しています。
「あの花」のミドルショットのうまさについては、ノイタミナ中村健治氏×長井龍雪氏対談でも言及されてましたが、標準レンズの画角でバストショットとミドルショットを構成しているあたりにも、フレーミング・センスの良さが表れてます。
 参考:「2011年春、ノイタミナのココがすごい!」の中村健治氏×長井龍雪氏対談


つるこ「見りゃわかるでしょ?」焦点距離:27mm(35mm判換算)


つるこの「見りゃわかるでしょ?」のセリフと共に、見てる人が「何を見るの?」と疑問に思うタイミングを狙って、思い切り引いた広角構図で、あなる・つること、神社前のじんたん・めんまの位置関係を説明。


つるこ「あのモサモサ」焦点距離:180mm(35mm判換算)


そして「あのモサモサ」で、秩父神社前に座るじんたんにズームアップ。これは、道路の反対側から望遠で。
この、一連の流れるような演出と、現地取材されたカットのマッチング。素晴らしい。ビューティフル。
アニメでは実際にキャラを立たせてイメージする事が出来ないにもかかわらず、まさに神がかりのフレーミングです。


…とはいえ、さすがに全てのカットを現地と合わせるのは、実写じゃないので無理な話。コンテ割りの段階で、必要な背景が無い場合もあったことでしょう。
そんな時に「あの花」で見せてくれるのが、トリミングのワザです。


じんたん「めんまが外出ろって、うるさいんだ」焦点距離:27mm(35mm判換算)


↑の背景は、横断歩道の位置からすると、この位置で良いはず。でも、現地で撮影すると写真の方が広角すぎて構図が合わない。
なるほど、すると、アニメの背景は、奥の部分だけ切り出し(トリミング)して使っているわけですね。
トリミングで切り出すと、レンズをより望遠側にズームしたのと同じ絵を作ることが出来ます。
トリミングされた作中の画角は約50mmぐらい。おなじみの標準レンズ構図の、「あの花」のミドルショットになっています。


一度広角で撮っておけば、後からトリミングで、




↑のようなキャラの表情をクローズアップする望遠構図や、




↑のような背景を入れたクローズアップも、作る事が出来るわけですね。
フレーミングの基本を押さえているからこそ出来る、背景資料使い回しの小ワザと言えます。


以上に見て来たように、「あの花」は、秩父という美しい街を舞台とした、スタッフの現地取材と映像化のセンスが光る作品です。
もし現地を回る機会があれば、ぜひ作中のカットのフレーミングにも着目してみて下さい。きっと、そこに「あの花」の新しい魅力を再発見出来ることでしょう。


最後になりましたが、秩父市内の取材にあたっては、準急鷲羽さん,明日香さん,その他多くの探訪者の皆様にお世話になりました。
おかげさまで、とても楽しい時間を過ごせましたし、またスムーズな取材が出来ました。お会いした皆様、どうもありがとうございました!


 参考ページ:
  アニメ製作現場のお話
  GAINAXアニメ講義第13回 「アニメの消失点とパースの必要性」

 本記事内の「あのあの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の画像の著作権は『「あの花」製作委員会』様にあり、ここでは当該作品の比較研究を目的として引用しています。