仮想と現実の真ん中あたり

主に舞台探訪とか聖地巡礼と呼ばれる記録をつづるブログ

『三平方しない定理』

その昔、管理人が中学1年生だった頃。学校に、定年間近の初老の教頭先生がいた。
田舎の小さな学校だったもので、その教頭先生も授業を受け持っていて、技術の授業を教えていた。白髪頭の飄々とした先生で、冗談を言っているのだかボケているのだかわからないような言動が持ち味で、それがゆえに生徒みんなに妙な人気があって慕われていた。


そしてある日、その教頭先生が授業を脱線して、「こんな定理を知っているか?」と言い出した。
それは…、

直角三角形の二辺の長さを足したものは、残りの一辺の長さに等しい。

というものだった。
当時はまだ三平方の定理ピタゴラスの定理)も習っておらず、生徒全員が「???」という顔をした。
すると、教頭先生は、しれっとした顔で証明を始めた。





「(1)のような直角三角形があるだろ? これを(2)のように二辺を折り曲げる。
 さらに、(3)のように折り曲げる。これを無限に繰り返すんだな。
 すると…、ほーら、(4)の通り、『直角三角形の二辺の長さの和が残りの一辺の長さ』になった」


今考えてみれば唖然とするような、全くの詭弁である。
しかし、普段通りの飄々とした顔で説明する教頭先生にだまされて、
「なるほど、分かった!」
「そうだったのか、知らなかった!」
と理解(?)する生徒が続出し始めた。


その時、私は納得出来ずに、黒板の前に出て、
「いや、折り畳んだ辺を拡大して下さい。ギザギザになってます!」
と反論したのだが、
「そしたら、もっと折り畳むんだ。無限だよ無限」
と例の飄々とした調子で応えられ、こちらもうまい説明が出来ずに悩んでいるうちに授業の終わりの時間になり、なんと、教頭先生はそのまま訂正もせずに帰ってしまった。


その後日談として、三平方の定理を習う頃には、だまされていた同級生も、「あれはだまされていたんじゃないだろうか?」と気がつくのだが、当の教頭先生は、すでに定年退職で皆に惜しまれながら退職されていた後だったというオチがつくのだが…。


そして昨日、その時の情景を、「ひどい先生だったなぁ」と思い出していたのだが…。
ふと気がついてみると、「だまされた!」という悔しさと共に、私はこの話を二十年以上経ってもいまだ鮮明に覚えている。
もしや、あれは、

もっともらしい話だからといって、鵜呑みにしてはいけない。

という教訓に対する、あの教頭先生なりに工夫した教え方だったのだとではないかと、ハッと気づいた。


折しも、見ていたTVドラマ「白州次郎」の中では、ケンブリッジ大の教授が、

他人の考えを鵜呑みにしてはいけない。
まず否定する。そして再考することだ。

と語っていた。
もしや、あの教頭先生が教えてくれたのは、まさに同じ教えだったのではなかろうか?


…でも、いまだにあの白髪頭の飄々とした顔を思い出すたび、「本当にそうだったのかなぁ?」という一抹の疑いも晴れないのだけど。